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あじまーオキナワの風

-沖縄出身の編集長が、沖縄と東京の仲間たちと話の交差点で相対する集い。文化から経済、それに産業の問題点など多彩な話題満載、新時代の形式にとらわれない新しいサロン。-

北海道珍道中【その2】2日目 9月7日

■沖縄で不要のカーナビの初体験


ホテルの朝食は7時半からと遅い。地下鉄すすきの駅から通勤客と一緒に2駅目の札幌駅下車、駅前のOTSレンタカー事務所に8時過ぎ到着。


すでにYが着いており、レンタカー契約の説明を受ける。車は小型車の三菱コルト5ドア。レンタカー契約者で説明を受けるY、流れもあり免許保持者の3人組では一番若手が、一番目に運転手となった。


僕は2年前に車を捨てた土日ドライバーだったので、お二人よりも車には疎い、いわば戦力外のドライバー。

沖縄では、毎日下駄代わりに車を動かしている那覇空港組2人はベテランドライバーだが、狭い沖縄島内を自分の車で移動するのに、彼らでなくてもカーナビなど不要なのは当然だ。「わ」ナンバーだけが利用している文明の利器だと、勝手に僕は理解している。

カーナビ不得手の代表として、仕方なしに僕が助手席に座り、カーナビの目的地登録と地図の解析担当の人間?ナビゲーターとなる。市内の約30分を移動するのに、スタートから早くもカーナビにはふりまわされることになる。


慣れないカーナビに導かれて、9時ごろK君と約束のJR新札幌駅前のホテル前にて落ちあう。

■札幌から留萌へ 最北への―直線の道はどこまでも


ようやく4人のメンバーが揃った。これからひたすら北への道を辿る。K君を除く南国生まれの3人は、観光などはどうでもよく、北極点を極めるためのドライブといった面持ち。


札幌から続く沿線には、北海道医療大学などの首都圏ではなじみの薄い大学名が次々と現れる一般道を北に走る。高速の道央道という案もあったが、高速は景色が見えないという理由で下の道にする。おかげで道端の町並みや廃屋、農地を論評しながら、しかも地元の北海道の知識が豊富なK君解説付きの車の旅だ。

両側が開けた平野であり、道の見通しは一直線で良い。行く先の遠くに、1000メートル級の連山が雲の下に見える。なだらかな丘陵の草が刈り取られた牧場の中に、丸く真っ白い樽のようなものが転がすように置かれている(中には黒い樽もある)。


ビニールにくるまれた牧草で、K君曰く、サイロへの収納代わりに畑にしばらく置かれ、干し草が発酵するのを待っている、という。最近ではサイロでよりもそのような干し草用状がなされているという。
地図で国道275沿いに町の名前を拾うと、江別市、新篠津村、月形村、砂川市、滝川市、深川市で、炭鉱の町や刑務所の町などだ。

国道に並行してJR北海道の線路の札沼線(通称:学園都市線)が、内陸の道路に沿って一直線の道路だ。275を深川市で別れ、東(右)に山ひとつトンネルをくぐれば、そこは北海道の有数の都市である旭川市に至るのだが、車は、留萌市という西側の海岸の都市に向かう。

今度の台風で奈良県十津川村が大被害を受けている。明治時代に今年のような水害を受け、北海道のこの地に分村した新十津川村の役所前も通る。立派な町役場の建物をみながら、開拓時代の歴史を感じさせる。たまたま北海道新聞の朝刊コラムを思い出した。
平野の道から西に山間の道をしばらく行くと、海に面した留萌の町は漁港などの港が大きい。

■オロロンロードやら何やらロードの道で北海道を実感


12時留萌駅前の駐車場に到着。駅前には約10台分の駐車場がある田舎駅である。
次の列車を待つ4,5人の地元の人がいるだけで、平凡な田舎町で観光地ではない様子が見て取れる。

街には、1,2階建ての北国らしい灰色で低層の店舗や住宅の木造建物が多い。


通りの中に食事できる店を見つけるのに苦労する。裏側の通りに面し、ラーメン屋と定食屋が離れ離れに2軒ほど開いている。店員が配達もするような定食屋だが、昼時で結構混んでいる。この町の人たちがふだん利用しているような鄙びた店しか開いていない。

車に戻り、海まで車を走らせる。日本海には行ったことがない、というYの言葉で、駅から西、つまり日本海側の漁港構内に入ることにした。本土では珍しい石造りの蔵(倉庫)が立ち並んでいるので写真を1枚。


さて出発と、カーナビで次の目的地の稚内を入力してみる。機械がとち狂ってしまったのか、まったく道のない海の中を指示している。そのとおりに運転すれば、車は岸壁を乗り越え海に浮かばねばならない。

水陸両用車ではあるまいし無理だ。カーナビには、国道が登録されていないのだ。機械の盲信はいけないのだ、改めて確認。


カーナビ設定をあきらめ、地図を広げてみる。方向として西北、つまり左に日本海をみながら、ひたすら海沿いの道を行かねばならないことが分かる。何とか、国道232にたどり着き、北上を開始。ここは観光案内で夕日が美しいとするが、曇っていて秋の北海道らしさ(勝手にらしさ?)はない。


昼過ぎなのでもちろん夕日にはまだ時間があるが、黒雲の塊が南からどんどん北上していく。しかも車は、それを追いかけるようなルートをたどらねばならない。

左に見える日本海は、西からの風が強く吹き付け、波しぶきが道まで霧状にして車を包み込む。よく見るとべっとりと塩が粉のようにガラスに付き、白い筋をつけている。それで雨でもないのにフロントガラスのワイパーは忙しい。


オロロンロードと名前が付いているが、オロロン鳥が飛び交いふんだんに見られるわけではない。実質がない観光名目「ロード」が氾濫し過ぎているのでは、と疑ってしまう。カラス以外の野鳥には、1羽にも出くわさなかったので、恨みの一言。


【オロロン鳥...って知ってますか?ウミスズメ科の海鳥で、日本では北海道羽幌町(はぼろちょう)の沖にある天売島(てうりとう)でのみ繁殖しています。「オロロローン」と鳴く独特の声からオロロン鳥と呼ばれています。1938年、北海道の天売島では約4万羽のオロロン鳥がいたとされていますが、2003年にはわずか3つがい19羽しか見られなくなってしまいました。】


地図にあるノシャップ岬は遠い。途中にはところどころの小集落の中に、往時の賑わいの名残の木造3階建ての黒々としたニシン御殿が2,3軒道路わきに人の姿もなく寂しげに建っている。ところどころには蔵が建っているが、漆喰やレンガなどの東北・関東地方の蔵と違ってすべて切石造りである。


道は何時間も同じ、単調な景観の直線道路である。片側2車線の車道の右2メートルほど下には岩だらけの荒い海が続き、道路の右側にはススキか萱といった草原の土手だ。木々はところどころに4,5本固まっているが、台風並みの強い風に吹かれて萱とともに、陸側にいっせいに倒れそうになびいている。


冬季になると、日本海から吹雪がまともに道に吹き上げ、車が通れない、と地元を知悉しているK君は言う。行けども平野部分は見当たらず、田畑とは無縁の土地だ。風のあまりにも強い地域なので、牛の姿も見えず放牧もままならないのかもしれない。話によれば、もっと被害側の山を越えた山に囲まれた平野辺りは、風もなく農地が広がっているという。


所々に大きな風車が何本も設置されておりゆっくりと風を受けて回っている。普段から大風が日本海から吹き付けているこの海岸沿いは、今話題の再生可能エネルギー風力発電に格好の適地であるらしい。

■風力発電の巨大風車が似合う風景


離島の焼尻島が見える公園に寄ったが、海からの風にあおられた波を被り、車から降りられない。小雨のように絶えず潮飛沫が陸地に吹き付け、カメラのレンズに塩が付着しそうで気になる。景色は近くに森はなく、あくまでもなだらかな平原といった感じ。箱根の仙石原の一面ススキだけの原野を思い出した。


遠別町、天塩町を通り、国道232号線は陸地にはいる。薄暗くなり、多少雨も小ぶりとなる。
途中、サロベツ原野の横を通るが、その「原生花園」も花の季節とは今は無縁らしく、萱のようなススキのような草が一面に原野を埋めつくし、華やかな色が皆無で名所の面影はないので、車窓からざっと眺めるだけで通り過ぎる。

カーナビを止めてK君が、これからは知った道を肉声で指示する。
K君が、この辺りでは有名な「豊富温泉」に入ろうという。だが、入り口の表示を見逃し過ぎてしまう。稚内の表示が出るところで、雨脚がまた激しくワイパーの動きも活発だ。

大風と黒雲と何かにせかされたように、寄り道が考えられない。ツーリングを楽しむバイクが時々追い越すほかは、対向車も少なく快適なので車ひたすら前へと進んでいく。


夕暮れ空の下で高台の住宅地に到着。K君が高校時代まで過ごした稚内市内の実家だという。

■ロシア国境のロシアビールで皇帝の夏宮、冬宮を思い出す


K家の近くのスーパーで、宴会用に酒類とつまみを買う。このスーパーで首都圏では珍しいロシア産のビールも売っている。経営者が流通のルートを持っているという。そこで10日には名古屋で講演会で友人に会うというC君は、贈り物にその珍しいビールを買っている。車で郵便局まで運び、そこから岐阜と千葉の友人に送るのだそうだ。


夜はK君の姉上と妹さんが普段使われていないK君の1軒屋に来訪、宴会の面倒を見てくれるようだ。忙しいのに申し訳ない。この家は亡父が生前リフォームしたおかげで常時住む人はいないながら、それほど古びてない。
勝手に推測するのに、夏の住まいの一つとして札幌と北海道に2軒。冬から花粉の季節までは沖縄。冬には千葉県に、という風に季節ごとに居所を変える。15%に迫ろうとする日本の住宅余り時代にあって、金持ちではないが「家持」を優雅に楽しんでいる一人のようだ。
そういえば、革命前のロシア皇帝は夏宮、冬宮と別荘を持っていたように思う。

■最北の町の夜は更ける


日本国最南端の沖縄島と同じく最北端の北海道は、気候から特産物に掛けてお互いに共通点が少ない。でも外地(内地に対応?)という意識で本土に対する独立精神も旺盛な点は共通する。

おかげで、北海道と沖縄の経済的な自立論も出るなど、話題も多岐に渡ったものに及ぶ。姉上は現役の職業人で、地元でご活躍のようで話の内容が新鮮で興味深い。


沖縄のことから北海道のことまでの習慣の違いや政治の問題など、酔っ払いながらの話が弾む。北海道、東京首都圏、沖縄の3地域から、端なくもあじまーの会の北海道会員がこの稚内の地に集ったのだ。残念なのは赤ワインを飲みすぎ、会話の記憶が薄れていること。

話が弾み、寝る時間は夜中の1時を過ぎている。日本の最北の街、稚内の夜は涼しい。この家に当然クーラーなどは見当たらず、K君はふだん窓を開けて寝るという。涼しくて、今日は窓を閉めることにした。


住☆リフォームねっと (2011年9月23日 16:17) | コメント(0) | トラックバック(0)

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