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あじまーオキナワの風

-沖縄出身の編集長が、沖縄と東京の仲間たちと話の交差点で相対する集い。文化から経済、それに産業の問題点など多彩な話題満載、新時代の形式にとらわれない新しいサロン。-

北海道4人珍道中【その1】 2011年9月6日 初日

あまりにも暑い東京で毎日が熱中症になりそうな猛暑の後に、のろのろ台風が列島を横断している8月のある日、札幌に滞在している友人のK君から北海道に来ないか、という誘いがあった。
初秋の北海道の空気を吸うのも良かろう、という軽い気持ちで、南国沖縄に住むC、かねて北は白河の関の北、会津までしか行っていないことを自慢にしているYに電話をかけ、3人の北方行の話はまとまる。
 あまりにも暑い東京で毎日が熱中症になりそうな猛暑の後に、のろのろ台風が列島を横断している8月のある日、札幌に滞在している友人のK君から北海道に来ないか、という誘いがあった。初秋の北海道の空気を吸うのも良かろう、という軽い気持ちで、南国沖縄に住むC、かねて北は白河の関の北、会津までしか行っていないことを自慢にしているYに電話をかけ、3人の北方行の話はまとまる。
予定では「9月6日から3泊4日プラスαの日程、札幌から宗谷岬までの往復」というラフで気楽なもの。C君と僕はシニア割という航空運賃特例のフル活用を条件とするので、現地でのドッキング時間がちょっと不安だが...。K君の案内とその住居を適時ホテル代わりとしてつかえる、という。ナンクルナイサ(どうにかなる)精神で決行するのである。

たいした目的もなく、暇だけはいっぱいオール60代4人組の最北地珍道中が始まった。

登場者紹介
 C 僕の高校同級生、切手収集のプロ、沖縄在住
Y 僕の弟で団塊の世代、退職後沖縄の自宅で悠々自適、東北以北未踏を自慢
K 北海道出身、長い沖縄の勤め退職後、沖縄・千葉・北海道股に悠々自適
僕 新宿の事務所で稼ぎにならない業界紙の仕事をマンネリ力で運営
「沖縄」というキーワード以外、4人の共通点をあえて探せば、「あじまーの会」という沖縄を軸に情報交流や講演会を開催している小さな会に属している、となろうか。


■6日 那覇・羽田経由で札幌へ―最初の関門は空席待ち
Yは予約しているのでほとんど問題はないが、C君と僕は、ANA,JALのシニア割、シルバー割で、片道1万2170円也の予約不可で空席待ちの格安航空券を使うので、出たとこ勝負の旅で初日から時間の特定が難しい。初日の朝は緊張しているのか4時に目が覚めた。もうひと寝入りもすると、午前中に羽田到着が無理だと思い、仕方なくゆっくりと起きだして荷物を点検、5時過ぎに家を出る。二番電車となったが、横浜経由で羽田到着は7時とまあまあの時間。早速不慣れな高齢者割引の件なので、空港ビルでは最寄りのJALサービスカウンターに相談。あっさり12時過ぎまでない、との返事でANAへ。
そこでも「12時半まで空席はない」というカウンター嬢の最初の発言であったが、やり取りの途中で電話し、「10分後の7時30分の便でも良いか」という。札幌に着かないことには話にならないので、異存はない。とりあえず荷物検査もそこそこに搭乗口に急がされる。
飛行機では札幌付近の天候が悪く、最悪の場合羽田に引き返すこともあるとのパイロットの説明を、雲の中で揺れる飛行機の中で眠気を払いながら聞いていた。今頃早起きの影響が出てきたようだ。大雨の迫る札幌、千歳空港に時間通りスムーズに到着。

■北大の学食の飯は豪華で安い
10時前に新千歳空港到着。あまりにも早いのでYに電話したら、那覇空港でこれから飛行機に乗るという。沖縄SKYで未明4時発のC君はというと、8時に羽田到着したが新千歳空港往きの空席待ちであり、最悪で2時半は確保したという。何とか3人が集まるのは4時過ぎだと見当をつけ、札幌自宅にいるはずのK君に連絡。12時過ぎに札幌で昼飯を食べ、市内見物をすることになった。

ところでYは、未だ那覇空港で、予約航空券で羽田乗り継ぎ、新千歳空港に到着は5時ごろという。初日には小樽まで電車で行き、夜まで小樽観光でもと思ったが、すでに薄暗くなっている北の空は、大雨も混じりだしたので、今日は無理しないことにした。
昼食には、未だ時間があるので、荷物を駅のコインロッカー(500円)に預け、傘を差しながら徒歩で札幌の赤レンガ市庁舎と時計台を回ることにする。
市庁舎内には、博物館があり北海道・札幌の開拓時代の写真や文物、それに戦中・戦後の樺太からの引揚げにまつわる悲劇が展示説明され、それなりに見所がある。北海道人は、開拓の歴史と、樺太と北方領土の戦中戦後が原点なのだと改めて知る。

12時にK君と改めて札幌駅で合流し、駅前の眺めのいい料理屋で魚料理の昼定食。
時間はたっぷりなので駅近くの北海道大学の構内に二人で入る。「構内には重要文化財に指定された農学部第二農場、クラーク像やポプラ並木など、見どころも多く、歴史を感じさせる各学部の建物とともに観光客に高い人気を得ています(HPから)」という説明通り、クラーク博士だらけの建物や銅像を眺め、博物館で人類学や最新科学技術の成果の標本を観察、台風で倒れた北大のポプラ並木のコースを、観光客の一人として散歩する。
誰でも入れる学食を覗くと、結構なボリュームの定食が300円前後だ。入場が自由なので、交通費がかからなければ毎日でも食べに行く、というK君の気持ちがよくわかる。
キャンパス内の喫茶店で、人口200万人の大都市札幌中心とは思えない空間の静けさと、豊かな時間を過ごす。(平成23年9月1日現在・898,057世帯・1,922,537人)

■行列のできる駅ビルの回転寿司屋
4時過ぎに沖縄からのCと札幌駅で合流。何キロも有るような広大な地下道を通り、大通り公園に向かう。ところでその地下道だが、下には市営地下鉄が走り、札幌駅直下から直角の通りの下にある。ここの地下道は片側10人が並び、さらに天井高も3m以上?はるか先のどこまでも真直ぐに続く地下空間。通行人も多く、地上が雨のせいか混雑している。
ふだん片側3人並んで歩けば通りの邪魔になる横幅、に2m.弱の天井高という毎日通過している新宿東口の狭い地下道とは大違い。
さすがは北の大地の都会は、地下でもスケールが大いに違う。

ところで、中心市内は先ほどの市庁舎、時計台、北大キャンパスを除けば、観光スポットが意外に少ない、と感じる。小樽へと一瞬思ったが、暮れるのは早く雨も止まない。

5時30分、Yと札幌駅でドッキング。今日1日で3度目の同じ駅での出会いだ。開口一番、東北を飛ばして北海道に足跡をつけていいのかな、とのたまうが、軽く無視だ。
夕食時だということで、直ちにKの薦める回転すし屋に向かう。秋刀魚の寿司を食べさせるという、大変な評判という店のようで、店前の行列は20人あるほどに長く、40分ほどで「4人さま」ということで席への案内かと思えば、カウンターの見える店内で20分ほど待たされて感じ。都合約1時間待たされる。2人の沖縄人は「食物屋で行列して待つ沖縄人はいない」との論評だが、急ぐ用事はないので、何事も経験と話しながら我慢する。
道庁赤レンガ.jpg

時間かけて待った割には平凡なメニューで、注文しようにも新鮮秋刀魚寿司は見当たらない。K君の評価は数年前のもので、時効で色あせたと見えた。確かにすし屋では安いが、この店の評判は寿司にはない「てんぷら、揚げ物だ!」と言いたくなったほどだ。だが、K君の札幌ならではの取って置きの人気店、ということで新聞切り抜き片手の案内してくれたことに、当然不満はないのだ。
でも、4人中、職について評論できる美食家はいないので、8時にはその花丸という店を出る。待つ時間の3分の1の食事時間か。

■8時過ぎ―北の酒場通りにサンシンの音曲
地下道の商店街には2件の沖縄物産店があり、控えめにサンシンの音曲が聞こえる。泡盛を強調した沖縄料理の飲み屋も1件あり、北の都会でウチナンチューが聞く沖縄音楽や南国の物産の彩りは少々違和感を覚える。
家に帰るK君と別れ、喫茶店で3人明日の打ち合わせ。Yは駅前の三井ホテル、C君と僕はすすきのグリーン2の2人部屋へと向かう。

昼間にチェックインしたホテルの場所は歩いてもたいしたことはないと思ったら、地下道を行けども行けども目的地の表示に至らない。壁表示の地図を見て、外に出て始めてそれが違うと判った。地下通路の外れから、さらに2区画も先にすすき野の街があるのだった。札幌の町は一見真直ぐで歩きやすいが、距離感がつかめない。改めて地下道はすごい。
疲れたので新宿歌舞伎町に匹敵するといわれる、すすき野の繁華街を散策する気にならない。われ等も、年取ってしまって何でも見てやろう、の探究心も無くなったか。

ところで、明日の朝は時間をかけないように、レンタカー屋で合流するためには、タクシーや地下鉄で札幌駅まで行かねば、となったのはいうまでもない。(続く)


住☆リフォームねっと (2011年9月15日 17:37) | コメント(0) | トラックバック(0)

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