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あじまーオキナワの風

-沖縄出身の編集長が、沖縄と東京の仲間たちと話の交差点で相対する集い。文化から経済、それに産業の問題点など多彩な話題満載、新時代の形式にとらわれない新しいサロン。-

「世界 のウチナンチュ大会」とペルーの親戚

朝日新聞の投稿欄「私の視点」に 沖縄県文化観光スポーツ部職員下地芳郎氏の
「沖縄ネットワーク」の稿があった。
概略紹介すると、

『「ちゅら島の魂響け未来まで」をテーマに、10月12日から5日間、第5回「世界
のウチナンチュ大会」が沖縄県で開催された。海外から大会に参加する沖縄県系
人(移民やその子孫)は5000人を超え、全体では延べ40万人以上が参加した。過
去最高の数。

日本語、英語、スペイン語、ポルトガル語などが飛び交う会場。国境を超えた新
たな交流のあり方を考える機会となった。

世界には沖縄県系県人が約40万人いる。これは日系人全体の16%に当たる。
沖縄からの海外移民は1900年(明治33年)のハワイが最初。その後ハワイ、南米
などへの移民が急増した。今では、ペルーやアルゼンチンの日系人の約7割を沖
縄県系人が占める。』

とある。
実はこの大会に僕の親戚も6人ペルーから来沖して参加、在沖縄の僕の兄弟らと
懇親会もしたという。
新聞記事などみてもわが家とは他人事と思っていたが、世界には沖縄県系人が約
40万人となれば、何らかの関係者も現れるものだ。
在沖縄の兄弟からの報告によれば、6人の従兄などが来ていて、急に晩さん会な
どを開いたようだ。

弟からの報告によれば、
「ペルーの親戚は日本語がまったく理解することができないので、通訳を介して
もので意思の疎通にはてまどった。
カマスケおじさんは1908年生まれで2008年に100歳で亡くなったが、ペルーには
18歳のときに渡ったようだ。その頃山原の士族家庭にあった徴兵忌避によるもの
かもしれない。」(カマスケとは父の弟のこと)
という。

改めて、グローバル化により地球の裏側も身近になった?
5年後のウチナンチュ大会にもペルーから来たいという。その時には日本語も
ちょっと憶えてくる、というから頼もしい。

在日ウチナンチュもうかうかしておれない。5年後に向けてTVのスペイン語講座
でも受けよう、というような意欲があればいいのだが。
と、怠け癖の付いた体を炬燵に突っ込みつつ、薄い髪の頭を掻いている今日この
頃である。


住☆リフォームねっと (2011年12月 3日 16:42) | コメント(0) | トラックバック(0)

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