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ヒロとやんばるの空と海

-戦後独立国だった頃の明るいOKINAWA-

東シナ海に面した島の東側にある、漁師(ウミンチュ=海人)と農家の家も多くが集まり、島でも家がもっとも多い集落がヒロの家のあるスムディ(済井出)です。集落には、馬場もあり、映画が上映できる芝居小屋もあります。

シバヤーとよんでいる芝居小屋とは、古い瓦葺きの母屋と離れと中庭がある普通の大きな屋敷がそれです。

ふだんはそこの家の人が普通に住んで暮らしているのですが、屋根のある舞台と板で屋敷をぐるっと囲い、中庭にムシロが敷いてあるだけの土間の座敷、夜の上演時間には月が煌々と輝いていたり、星空が見えます。つまり青空劇場なのですが…。いや、といっても、昼間は上演しないので夜空劇場でしょうが。

1.あこがれの青空劇場

集落の外れの1mほどの低いクワの木が、四方八方に行儀よく並んでいる畑を前にして建っている茅葺きの小さな家が、ヒロたちの家です。

 いつものようにヒロは学校から帰り、いつものように台所で大きな鍋(シンメーナビとよぶ)の底を手探りしますが、ピジクイウムと不味いので蔑んでいる、紐のように小さなサツマイモ一個も残っていません。外は何かやかましい。

 

 家の前の桑畑で、白いヤギに向かって、弟のユキは「ヤクジャのまさゆきダー」とさけんでいます。桑のかれ木をヒロが削ってやった名刀を、つりさげズボンの中からとり出し、白いハチマキをした頭をななめ上にむけ、かた手でまっ直ぐに刀を立てています。この間観た森の石松の芝居の真似をしているつもりです。

ヤクザが何か分かっていないのに格好は一人前です。六つになったばかりですが、ヒロのような小学生たちのあそびにあこがれて、一人でイキがっています。

 

ヒロたちの仲間うちでのあそびは、川のふなつり、缶けりやターザンごっこなどたくさんありました。中でも、十人から二十人が二つのグループに分かれて戦う、チャンバラごっこに人気がありました。(つづく)

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  ヒロじまんの帽子のいきさつ

 沖縄の夏は長くつづきしかも暑い。日中に帽子無しだと、ブチクン(卒倒)するほどきょうれつで、学校の先生も帽子をかぶらないとノウマクエン(脳膜炎)という恐ろしい病気になる、と教えています。学校に行くのでも、遊びでも帽子は欠かせません。それで帽子が子供たちのじまんの種です。
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 春のある日のことです。ヒロはヒロの友だちのマサオ、それにヒロのニイニイ(兄)の同級生でヒロの家のとなりのヨシカズさんの四人で、魚取りに行くことになりました。

 その日の海は風もなく静かです。波打ち際に寄せる波はなく、海上の波もほんのちょっとゆれているだけで、きらきら太陽の光がかがやき、おだやかにないでいます。


屋我地の砂浜の広がる海
   悪名高い漁港ができる前の広い砂浜と島々(奥に古宇利島)

  沖の島が点々と連なって、白っぽい空の下の青い海に浮かんでいます。こういう日はめったにありません。海が「こっちへおいで」とよびかけているようです。何かうきうきして、今日はうれしいことが起こりそうな気がします。

 海を見ていた四人のだれからいうともなく、「今日は草かりや畑の仕事はやめて舟で沖へと魚取りにいこう。晩ご飯のおかずはおいしい魚にしよう」ということになったわけです。波うちぎわで、砂に舟底をこするようにして浮かんでいるサバニ(沖縄の細長いくり舟)のイカリを上げます。

 サバニを繰り出すのは、小六になったばかりのヒロのニイニイと隣のヨシカズさん。小二年のヒロとマサオは、二人のお供です。四人の小学生グループの出で立ちはというと、二人の六年生は頭に手ぬぐいを巻いて斜めに結わえ、いっぱしの漁師(りょうし)の気分です。あとの二年生は、小学生用の学生帽です。
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◇運天原の集落は子供がいっぱい◇
 酒を飲み始めたお父は、いつでもなかなか動こうとはしません。ユキがさかんにお父の手を引っ張っているのですが、「分かっている」と返事はするが、座ったままで首を前に垂れており、どうやら眠っているようです。
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屋号については、左利き(ピジャイ屋)、眼病の手術あと(ミッチリ屋)などの体の欠点も屋号になり、多分に愛称的な面もありました。

 

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