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ヒロとやんばるの空と海

-戦後独立国だった頃の明るいOKINAWA-

【第1話】(6)我部ぬ平松に

今日の向かう先は、まずお父のお父、つまりおじいの家なのです。そこはヒロたちの住んでいるスムディの字の反対側、西の方角に幾つも山を越えてガブという字のメーガチという字にあります。

同じ屋我地島でも、北西側の本部半島(羽地)にはさまれた、ワルミ(割れ目)といわれている海峡のはずれです。

平たい屋我地島の中でも最も高い松の山を超えると、下り坂の小道に差し掛かります。高い山が向こう岸の右にあり、左側は遠くの岸まで見渡せます。雑木の間の暗い坂を下りると、急にながめが広がります。

 


畑の間に瓦屋根の家々があり、高台の道から海をながめると、対岸の本部(もとぶ)半島の高い山々が高々とそびえ、静かな波のない青い海に黒々と影を映しています。下に見える穏やかで静かな波のない海に、黒々と影を落としています。遠くの方に船と羽地村の家々が見え、近くには所どころに小さい松が生えています。湖のような穏やかな遠浅の海、羽地内海と言われる海が広がっています。

はるかな昔から

「朝どりと夕どり 我部ぬ平松に うむい(想い)ぬくち(残し)」

(朝凪と夕凪、我部の美しい平松に あの娘と舟遊びした時の楽しい想い出が残っているよ)

と有名な琉歌に歌われた海で、向こう岸の羽地村や今帰仁村のニーセー(青年)たちの多くが遊んだ景勝地で、島の人たちにとって自慢の場所です。


ここは、沖縄島の北部のやんばる(山原)では、最も景色のいいところの一つと言われているところなのです。

 


真下の海岸は、ヒロたちの集落の海とは違い、小石混じりのちょっとだいだい色のザラメのような粗い砂の浜で、ヒロたちの海とは違って泳ぐのには向いていないようです。ヒロにとっては、ながめはどうでも泳げない海はつまらない、とちょっと不満です。

その遠浅の海が島々の間に広がっています。中でも、潮が来ないように松とアダンの生えている小さな島に囲まれた一角があり、そこがまた黒っぽい石垣で田んぼのように田の字型に仕切られています。

そのすみの方には塩を炊くための小さなカヤ葺の小屋が点々と見えます。


塩田跡


 遠浅の海の向こうには、形のいい枝を平たく広げた琉球松をのっけた小島が、大きいのと小さい盆栽の松をポツン、ポツンと、ところどころに置き忘れたようなかっこうです。


そう、ここは塩を作るマースヤー(塩田)なのです。ふだんだと、砂をかき集める人の姿とこの小屋で塩をたくため白い煙が上がり賑やかなのですが、今日はめでたい正月なので働いている人は一人も見えません。

塩田ではない右の岸の方では、サバニ(小舟)が沢山つながれていて今日は漁も休んでいるようです。ところどころに凧がちらほら見えるだけ、大人も子供もみんな休みなのです。お父の実家のある前垣はその我部の字の一部になります。家々が、北はずれの山際に固まっています。

山を背にした高台の斜面に、みかんの樹が入り口に植えてあり、青っぽい瓦屋根、黒ずんだ大きなコンクリートの四角い大きな水槽と豚小屋、そして離れがある小さな屋敷です。

お父のお父、つまりお祖父の家は、開けた塩田の海側から奥の山の斜面を登った、へばりつくような坂道の途中にあります。ナガミヤー(眺め家)の屋号です。


そのワケは、その昔お祖父のお祖父が若い頃、家の門の前に椅子を出して座っているのが好きで、始終海の方向を眺めてその景色の良さを、隣近所にいつも自慢していたからだ、と聞いたことがあります。


住☆リフォームねっと (2011年7月 7日 16:53) | コメント(0) | トラックバック(0)

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