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ヒロとやんばるの空と海

-戦後独立国だった頃の明るいOKINAWA-

今日の向かう先は、まずお父のお父、つまりおじいの家なのです。そこはヒロたちの住んでいるスムディの字の反対側、西の方角に幾つも山を越えてガブという字のメーガチという字にあります。
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※閑話休題
ふるさとの屋我地島を離れて60年近く、東アジアの習慣でいうと歴史が1回転しましたね。沖縄を離れて首都圏住まい50年、若いと思っていたぼくも、既に還暦どころか70歳の堂々たる前期高齢者になってしまったことを実感させられます。最近では、学生の頃の仲間や仕事上の同輩や先輩が、あるいは病気などで連絡が取れなくなり、亡くなっていっています。
時代は変わり、日本国やその国民、さらに沖縄の人たちも大きく変わってきました。この物語は、沖縄の昭和時代とでも言うべき米軍占領時の琉球国時代の子供の目線からの戦争前から戦後の貧しいが、精神的には豊かな田舎の子供の世界の再現を目指しています。
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◇あこがれの小学1年生◇
小学生は、いつも半ズボンと上着の洋服を着て、本や筆箱を入れたカバンを肩にかけた格好(貧しい戦後のオキナワではランドセルを持った小学生はいませんでしたね)は、大人に近づいたように見えます。

済井出の子供だけが入る字の幼稚園には、洋服ではなく寝巻きのような袷を着ている子供だけです。幼稚園には、弁当だけを持っていくだけで、本や筆箱も要らないのでカバンも必要ありません。
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◇ブタ肉食べればトシとる◇

 円い漆塗りの剥げかけたちゃぶ台の上に、ご馳走が所狭しと並べられているごちそうを前に、みんなが板の間にならんで座り、ふだんは無口のお父が珍しく言いかけます。「みんなも正月のウワーシシ(豚肉)を食べたから、ぶじ1歳トシを取った。今年も病気をしないようチバリヨウ(がんばってよう)」と、みんなの顔を見ています。

 

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月の満ち欠けで判断する旧暦(=太陰暦)を使っていた昔の方が、春夏秋冬が月と一致し、暑さ寒さ含め季節感に敏感だったように思います。また、子供心にも正月は、旧と新があり、新正月は学校や役所の正月で仕方なく付き合いするものでした。


 

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